おばちゃんの一日一日・・・

日々思ったことを、素直な思いで綴っていきたいと思っています。

上をみても 下をみても

我が家のことをちらっと・・・

 

相方は12年前リストラされた

血も涙もないとはこういうこと?って感じた

我が家の負の時の幕開けだった

 

大学を卒業後

相方は当地ではそれなりに大手の会社に就職した

 

2年程経った頃

創業したばかりの会社が相方を見込んで引き抜き

相方は大手会社を退職

常務取締役待遇でその会社に就職した

私と結婚する5年程前のことだ

 

それから20年余り

会社では番頭的立場で尽力してきた相方

出張や残業は当たり前のこと

徹夜のときもあった

 

バブルがはじけたころだった

社長に後継者がいなかったことや

不景気な情勢の中で何とか生き残りたいと考えた会社は

大掛かりな改革を始めた

 

まず社長の奥さんが毛嫌いしていた有能な女性事務員が切られた

そしてまさかと思っていた相方の先輩

創業時から尽力していた専務取締役が切られた

同じ頃相方は大好きな設計現場から調達部に回された

相方は電話が大嫌い

調達部の仕事はほとんどが電話対応

やがて根を上げるだろうと画策された左遷だった

そのせいか相方はみるみる痩せていった

(今では見る影もないけれど)

 

1年後相方は社長から肩を叩かれた

そのとき娘たちは中高生

進学に向けての資金が必要となる目前のころだった

 

  役員は解任されていい

  平社員でいいから、何とかとどまることはできないの?

 

私の懇願は会社には届かなかった

 

社長から

「悪いと思ったから相当はり込んだよ」と言われた退職金

雀の涙ほどのそれは

娘たちの学資金ではなく生活資金に消えた

 

それから3年間

相方の再就職先はなかなかみつからなかった

切り詰め切り詰め

私の稼ぎだけで何とか生活をした

 

負の連鎖とはこういうことをいうのだろうか?

今度は私の勤務先の事業主の不祥事が発覚した

業務停止となって事務所は閉鎖

事業主は逮捕された

路頭に迷おうとしていた我が家に

愛の手を差し伸べてくれたのが今の上司(親方)

同じ業界に長く勤めていた私の経験を買ってくれたのか

哀れなおばさんを救ってあげなきゃと思ったのか

パートで良かったら・・・と声をかけてくれた

それから私の往復2時間通勤が始まった。

 

その後まもなく相方は

アルバイト社員として友人の仕事を手伝うようになった

 

娘たちはそれぞれ大学に入学し無事卒業した

上の娘は県内の私立大学(自宅から通学)

下の娘は県外の国立大学(一人暮らし)

卒業時は氷河期ではあったものの二人とも無事就職した

 

ここ12年間の我が家の時系列

ちらっとカミングアウト(^-^;

 

それぞれが不平不満を言っているし

私は私で家族にとんだ迷惑をかけてしまった

そんな家族だけど

4人は離れることなく寄りそっている

負の時を乗り超えてきた家族だから

きずなはそこそこ強いのではないかなと思う

 

私が遠距離通勤をするようになってから

相方はキッチンに立つようになった

きっかけは

相方が毎日観ていた●沼恵美子さんの料理番組らしい

キッチンには見たことのない調理器具や

使ったことのない調味料がどんどん増えていった

相方の料理はマジ美味しい

娘たちは私ではなく

相方に料理の手ほどきを受けて嫁に行くと言っている

私の負担を軽くしてくれ

毎日美味しい料理を作ってくれる相方には感謝している

 

なんだかなぁって思ったり

落ち込んだり

愚痴てんこ盛りだったりと

忙しいおばちゃんではあるが

なんだかんだ言っても

私は家族に支えられている

 

 

どちらの娘が先かわからないけれど

もらってくれる善良な男子がいたら

いずれ1人2人と減っていく

4人で暮らしていけるのはあとどれくらいだろうか?

 うーーーん

考えないことにする

 

上をみても

下をみても

私には今の我が家が一番!